ドラムおやじのぼやき 28

『真夏の世の悪夢』

 

8月初旬。

零細製造業者にとって、過酷な時期の一つである。

親会社のお盆休みにあわせるため、普段以上の製造ノルマを課され残業が増えるのだ。

酷暑のさなかである。

さらに、お盆休み終了直後にも納期を設定され、結局自分は連休返上で仕事をする事になる。

だが逆に、連休をとれる程の仕事量しかなくても、それはそれで不安になる。

零細製造業者の悲しい性である。

その日も残業を終え帰宅し、家族が寝静まったキッチンで一人寂しく夕食をとる。

仕事のストレスと、終業後の開放感、一人食の寂しさ、これらが相まって自然と

酒量も増え、つい、うとうとと居眠りをしてしまう。

いつもの事だが、この日は違った。

『いけね! また居眠りしちゃった』

目を覚ますと、自宅のキッチンにいたはずが、

見知らぬ川沿いの堤防に腰掛けているではないか。

夜闇に慣れてきた目で辺りを見渡すと、私は堤防ののりめんの真ん中辺りに腰掛けていた。腰掛けている辺りは芝生で、その先には葦が群生している。

さらにその先には大きな川がゆったりと流れていた。

さらさらと草をなでる川風が心地よい。

川下に目を移すと、遠くに、鉄橋を渡る列車であろうか、車窓から漏れたであろう光が、規則正しく並んで、川の上を横切っている。目の前を不規則にふわふをと飛び回る蛍の光との、排反する要素でありながら、なぜか調和する美しさに心奪われ、ぼんやりとながめていた。

見知らぬ場所だが、どこか懐かしく、

状況を理解出来ぬまま、その心地よさに身を任せていた。

『ここ、私のお気に入りの場所なんだ』

突然後ろから声がした。

振り返ると、女の子が立っていた。

12歳位だろうか、浴衣を着た、お下げ髪の少女だった。

『もうすぐ花火があがるよ!』

ど~ん ど~ん ぱぱぱぱ

そう言うや否や、花火が上がり始めた。

『ああ、奇麗だな。最近花火をゆっくり見た事が無かったな…。

あっ、君なんて名前?』

『なつき! ねえ、もっと奇麗なところがあるよ! 行こ!』

『あ、ああ、行ってみようか。』

彼女は私の右手をとった。

すると、なんと言う事か、ふわりふわりと私共々浮かび始めたではないか。

『えっ! 浮いてる!… 夢? 夢だよな…』

彼女は困惑している私を、いたずらっぽい笑みを浮かべつつ、

『ふふふふ。 花火はお空の上から見ると、とても奇麗なんだよ!』

次々とあがる花火。体が上昇していく程に、花火がどんどん大きくなり、

間も無く完全に花火の花園につつまれた。

浮かんでは消える色とりどりの花火に四方を囲まれ、その美しさに陶酔した。

私たちは尚も上昇を続け、ついに花火よりも高い位置にきた。

『こんな景色初めてだよ! なんて素晴らしいんだ。』

咲いては消え、また咲いては消ええる、色とりどりの花畑の上を、ふわふわと浮遊して行く。私は時を忘れて、最高の花火見物を堪能した。

しかし、気がつくと私達はなおも上昇しつづけていた。高度が上がり寒さも感じ始めていた。

『ねえ、なつきちゃん、そろそろ戻らない?』

『もっともっと高く!』、上を向いたまま彼女は答えた。

『もう帰ろうよ。もう十分堪能させてもらったよ!』

『もっともっと高く!』

『もういいよ! 帰ろう! 帰りなさい!』

『もっともっと高く!』

『おい!帰れよ!いったいどこまで行くつもりだ!』

『もっと上。あの世までじゃ!』

急に低くしわがれた恐ろしおい声に変わった彼女が振り返った!

『ひっ! 鬼婆!』

彼女の姿はみるみる恐ろしい鬼婆に変わっていった。

可愛らしいお下げ髪は、荒れ狂う白髪混じりの髪になり、二本のツノが生えてきた。

目はらんらんと恐ろしい光を放ち、鼻は醜く折れ曲がった。

口は耳まで裂けて、耳は恐ろしくとんがった。

身体はむくむく大きく、筋張っていき、私に右腕を掴んだ手は、鳥の脚のようになって、

鋭く尖った爪が、私の腕に食い込んでいた。

『な、なんなんだお前は!』

『わしは、な・つ・き、夏鬼じゃ! フハハハ さあ、あの世に行こうぞ!』

そう言うと、夏鬼は急激に上昇速度を上げた。

それは急激な気温の低下、急激な気圧の低下、急激な加速Gの上昇を招き、

私の意識を遠ざけて行く。

『もうダメだ…』 諦めかけたその時だった。

遥か上空に、一点の光が現れ、もの凄いスピードでこちらに向かって来たかと思うと、

私の手を掴んでいる、夏鬼の右手に当たった。

『ギャ!』 夏鬼は 短い呻き声を上げると、私の手を放した。

私は真っ逆さまに落ちてゆく。薄れゆく意識の中で、一瞬合った奴の目は深い憎悪に満ちていた。

落ちてゆく最中、私はあの光に包み込まれていた。

とても優しい感じだった。

『…じいちゃん? …ばあちゃん?…』

 

 

『あっ! また居眠りしちゃった。 …なんだかつまんねー夢見ちゃたな…

今年は墓参りに行こっかな………

痛っ!』

右手首あたりに痛みを感じて見ると、

何かに強く掴まれた様なアザが残っていた…

皆さん、夏を満喫していますか?

夏には夏にしか出来ないこと。夏にすべき事があります。

後悔することの無いよう、一日一日を大切に過ごしてください。

ドラムおやじのぼやき 28” に対して1件のコメントがあります。

  1. 森くん@T.Sax より:

    お盆も仕事!いやはや、お疲れさんでした。
    takumi@Drさんは夏を満喫できましたか?
    なつきちゃんて(^_^;)

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